「転注も視野に入れております。」という言葉は大企業資材部の殺し文句だ。
「転注」とは注文を転じる、つまり取引を打ち切るという意味に他ならない。大企業からの継続的な受注を前提に生産している中小企業にとってこれほどきつい言葉はない。
私の依頼者は中小企業なので、こうした言葉によって脅かされる例を時々経験する。合理化につぐ合理化を求められ、工賃あるいは下請代金が割に合わなくなってくることがある。とても採算が合わないというので親事業者に値上げを求める。そうすると、「転注も視野にいれおります」などと言ったりする。
そんなことでは「うちの会社はつぶれてしまう」などと言っても、ひどい資材部担当者になると「つぶれてもいい」などととんでもない言葉を発する者もいる。中小企業の社長が社員の生活を守るためにどれほど必死でいるか分からない情けない連中だ。
こうした問題に対応するために日頃から顧客の多様化を図ってリスクを分散させたり、高度な差別化をはかってそう簡単に切れない体制を作っておく必要がある。中小企業の社長としては価格をリードするのは自分だという強い気持ちが必要となる。
さて、そうは言っても簡単に転注されるのはきつい。
こうした問題についてどういう対応があるだろうか。ひとたび「転注」という言葉が出た場合には経営者はある程度、腹を決めなければならない。やるだけ不利益になる事業をいつまででも続ける訳にはいかない。
資材部が転注を口にするのはたいした交渉力を持っていないからだと考えるべきだ。
値段交渉は双方がそれなりに根拠をもって交渉を進める。原価や人件費、一般的な利益率など交渉材料をそろえて交渉する。こういうことになれば現場をよく知っているこちらの方が有利だ。
大企業の場合、資材調達は現場を詳細に知っているわけではないので本格的な交渉に入ると弱い。交渉力とはそういう意味だが、資材部側に交渉材料がないため「転注」などと脅かすことになる。
そこで、きちっと交渉のテーブルに着かせることを考えよう。
まず、基本契約書をよく読んでみよう。
最近は下請中小企業振興法や下請法、独占禁止法が厳しくなってきている。これらの法律は下請けが継続的に取引する場合の保護規定が存在する。そのため、大企業の基本契約書は法律の条文を考慮したものになっており、使える条文があることがある。
たとえば、基本契約書には売買価格については「双方誠意をもって協議する」という条文がついていることが多い。契約書に従えば誠意をもって協議しなければならない。協議に際して「転注」をちらつかせる場合、強権的な交渉方法なので下請法が禁じる買いたたきや時には独占禁止法が禁止する「優越的地位の濫用」にあたることがある。こういう交渉は誠意があるとは言えない。
こうした、基本契約や法律の考え方を身につけた上で、「転注」をほのめかす資材部に契約違反や法律違反となると伝えてみる。もちろん、契約や法律に違反する程度では相手は引き下がらない。
さらに、こうした違反行為について、公正取引委員会に訴えると言ってみよう。これはかなりこたえるはずだ。大企業の場合、コンプライアンスがやかましくなっていて、公取の調査が入るとなると社内でかなり面倒なことになる。資材部はサラリーマンなので組織的なもめごとには弱い。
私の経験は何例かはこうした脅かしがよく役に立つ。もちろん、これは瀬戸際戦略なので、こうした戦略を選択する場合には弁護士とよく相談しながら相手の出方をみつつ行う必要がある。