名古屋・豊橋発,弁護士籠橋の中小企業法務

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№200 そういう弁護士に私はなりたい。

№200 そういう弁護士に私はなりたい。
ブログの記事が№200となりました。最初は中小企業家同友会で勉強したことを整理するために始めたブログですが,思わぬ広がりに驚いています。

私は「吾輩は猫である」が大好きで,浮き世とは一線を画して文明を批判した人々の世界に憧れを感じています。苦沙弥先生や迷亭水島寒月君など猫をめぐる人間関係が何となくふわふわしていて,現実との対決に欠ける「余裕」,「風刺」ではありますが,人はこうした守られた世界が必要なのだろうと思います。明治に台頭した個人主義は余りにも競争的なむき出しの資本主義で,人々は余裕を求めていたかも知れません。

一方で私は,明治維新や1900年代初頭,戦後新憲法制定,60年,70年安保時代に強い関心を向けています。とりわけ1900年代初頭はいくつかの実験的な思想が台頭し,多くの自然科学者,哲学者,芸術家たちは野心的な試みを行いました。彼らは新しい時代を築く気概に溢れ,人類の歴史を超える普遍的なものを夢見て,活動しました。彼らは若く,貧しさは誇りでした。

私は花一輪に愛情を注ぐことを理想としています。そこに生きているスミレの花には,スミレを作ってきた自然界があるでしょうし,スミレを美しいと思う私達の文化がありましょう。その全ての説明も,そこに生きているスミレがあってのことです。スミレを好きだと思う自分がいなければ何もなりません。

現実は常に動いています。私は現実を動かして日々の糧を得,その中で幸福も得ています。日常の幸福は小さなスミレ花にもたとえられるのでしょう。その幸福の中に「猫」が示した「余裕」や,1920年代の若者たちがめざしたような「理想」がほんの少しずつ含まれているような気がします。私の場合,日常の幸福の積み重ねが,ふりかえって「道」になるよう生きていきたいと思っています。もちろん,「そういう弁護士に私はなりたい」です。