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№1022 衆を治ること寡(か)を治る如く

№1022 衆を治ること寡(か)を治る如く

 衆を治ること寡を治る如く。


 最近、ちょっとずつ孫子を読んでいる.軍略の本だが、マネジメントにかかわる教訓は宝の如くある。戦略とはよく言ったものだと思う。

 孫子は、大兵力を統率していながら、小兵力を統率しているかのようにするという極意が必要だという。その極意は「分数(ぶんすう)」と「形名(けいめい)」だという。分数というのは分割であり、形名というのは規則、伝達の手段だ。

 中国春秋時代の終わり頃ともなると、兵力は10万人程度が当たり前になり、時には70万人とか驚異的な数字の兵隊が動くことになる。戦国時代末期、劉邦は100万人の兵力を動かすことになる。

 当時は無線などない。瞬時の伝達手段と言えば太鼓ぐらいのものだ。各将軍たちが戦略を共有し、各部隊が厳しい規律に従って動く必要がある。将軍たちは大幅な裁量権が与えられた。無線などなくても部隊は戦略に従って、現場で動いていくのである。

 そうした大量の兵力を動かすのに、孫子は「寡を治る如く」にすることを述べている。組織全体が明確に分割され、共通の戦略を持ち、上部の指揮に従って動く、社長は全てを指揮するのではなく、少数の幹部との打ち合わせで組織全体が動いていく。

 組織が戦略的であるというのはこういう結果を理想とする。確かに、大企業の社長たちのエッセイやインタビューを読んでいても、大きな組織が動いているにもかかわらず、重要な意思決定は少人数で行われている。

 あるとき「宅急便」をやろうと決断して、社長は幹部と協議するのだが、その決断までは「寡を治る如く」の感があり、決定されて動く時には全国網がつくられていく。