名古屋・豊橋発,弁護士籠橋の中小企業法務

名古屋,豊橋,東海三県中小企業法務を行っています。

№1110 iPS細胞の問題

№1110 iPS細胞の問題
 iPS細胞が話題になっている。前回の記事(№1010)について「 さすらい一法学徒」さんに問題を指摘された。確かに,程度の低い記事だったので改めて考えを整理することにした。今回は,中小企業法務とはいいがたいな。

 iPS細胞によって移植医療は格段に進歩するとも報道されている。網膜細胞の傷害や脊髄の損傷に役立つともされている。私たちは日常的に交通事故事件などを扱うので,脊髄が損傷した患者が随分つらい思いをしているのを目の当たりにしている。脊髄は通常は回復しないとされているので,移植医療の進展によってこうした患者が救済されるのはとてもよいことではないかとも思う。


 もっとも,私たちはいつもこうした遺伝子の問題に危機感を持ってしまう。iPS細胞によって作られた卵子がマウスになり生殖能力を持つというということになると恐怖を感じてしまう。クローン技術を用いて猫が作られ,コピーキャットと銘打って売り出されたと聞くと,どん欲な資本主義には中々歯止めが無いなと思ったりもする。

 我が国では「ヒトに関するクローン技術等の規制に関する法律」というのがあって,「何人も、人クローン胚、ヒト動物交雑胚、ヒト性融合胚又はヒト性集合胚を人又は動物の胎内に移植してはならない。」(3条)を設け,ヒトの胚の取り扱いは厳しく規制している。これは本来の生殖とは異なる方法でヒトが生産されるかもしれないことの倫理的な根本問題や,発がんなど具体的な安全性の問題などから規制が加えられている。もちろん法律ばかりでなく,学会や病院など様々な場面で倫理規定が設けられ取り扱いが定められている。

 生殖の問題もさることながら、私が危惧するのは遺伝子に関する問題はヒトそのものが研究の対象となっている点だ。医療開発分野におおける経済的な圧力,あるいは軍事的利用という点からの強力な圧力がある中で,ヒトが研究,事業の対象として扱われてしまうことには常に大きな危険性が存在している。研究者の野心,商業上,軍事上の強い圧力によって人体実験が暴走的に行われることがあるかもしれない。

 特にiPS細胞のように汎用性ある研究は商業的には莫大な利益を生み出したり,軍事的にも多様な利用が可能となるだろうから,ものすごい圧力になってしまうのではないかと思う。そのような圧力のもとでは個人的な倫理的な枠組みではとうてい御せられない問題も生じると思う。今回のiPS細胞に対するノーベル賞受賞はけっこうなことだと思うのだが,私の意識の中では将来生じるかもしれない科学の暴走のことも心配する必要があるだろうと感じている。

 こうした問題は研究者個人がどれほどよい人柄であっても解決しない。制度がいくら優れていても足りない。社会全体が監視の目を持ち続ける姿勢が必要だ。そしてそうした社会の姿勢はそうした問題に敏感な層,宗教家や医師,法律家といった層が具体的に注意を喚起し続けることで維持されるように思う。注意の喚起が社会を警戒させ,制度を活性化させる。また、研究者個人の倫理も強化される。不断の警告が科学の健全な利用に関する社会的な成熟をもたらすのではないだろうか。私たち弁護士の役割もとても大きいと思っている。

 第二次世界大戦中,ナチスは凄惨な人体実験を行った。日本軍でも捕虜などを利用した人体実験が行われた。ナチスの人体実験に医師や研究者がかかわってきたことについて,戦後反省が生まれ,1947年にニュルンベルク綱領が作成された。その後,1967年には世界医師会がヘルシンキ宣言を発表し人体実験に関する倫理綱領を発表している。いずれも個人の尊厳を中核とした人間尊重のための規範だ。こうした科学の暴走に対する国内外の努力が必要なのだろう。

   

 科学は人類の未来を約束する。科学が人に物質的にも文化的にも豊かさをもたらすことは間違いない。これは私の揺るぎのない確信だ。科学の暴走は科学の発達のせいではない。科学が未熟なので暴走するというのが私の考えだ。法律家の役目は未熟な科学を健全に発達させるところにある。