名古屋・豊橋発,弁護士籠橋の中小企業法務

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№9 中小企業政策と戦後の歴史

 中小企業政策を考える上では我が国戦後の経済史の検討は不可欠だ。特に,戦後間もない頃から昭和30年,その後の高度経済成長期はよきにつけ,悪しきにつけ我が国の中小企業政策が形成された時期となる。中小企業家の運動もこの時代に対する評価なしには考えられない。
 敗戦後,復興期までの間,中小企業政策の中心は経済の民主化であった。新憲法制定に伴い,世の中は民主,自由の気概に溢れていた。法律の世界でもこの時期,様々な自由権生存権,平和的生存権など憲法をめぐる裁判が活発化している。経済界でも大事主制や,財閥制がファシズムを招いたとしてきわめて大胆な改革が行われた。財閥解体に伴って重視された経済主体は中小企業である。1948年には中小企業庁が開庁され、1947年には独占禁止法が制定されている。
 敗戦後の復興期はこのように民主主義の気概に溢れていたのであるが,経済復興に伴い大企業中心の経済状態に移行していき,大企業と中小企業との緊張関係が生じるようになる。1957年中小企業白書は経済の2重構造論を展開した。我が国国内に,大企業を中心とする先進的な経済構造と,中小企業を中心とした遅れた経済構造があって,その解消が急務であるとしたのである。確かに,当時の記録を見ると大企業と中小企業との格差は著しい。問題はその解消をどのように計っていくかが,それに対する評価が中小企業観の分かれ目である。それは大企業が豊になることにより中小企業も豊になるという考えを基本とするか、大企業も中小企業も同等の経済主体として多様に展開するべきであるという考えを基本とするかの違いである。あるいは、中小企業は大企業の枝葉であり、大企業にふさわしい事業内容を作ることが必要であるとするか、それをよしとしないかなどの違いではないかと思う。
 ともかく、重要な論点は次の点にあるように思う。これらの問題に対し,中小企業の自由,自主の視点から運動が批判的に展開され,結果的にはそれが中小企業のあり方として正しい(発展,繁栄する)ことが立証されていくのである。
 ① 産業復興のあり方を特定の産業,特定の大企業を中心に資源を投入するか。
 ② 中小企業を大企業の系列において,大企業の枠内で成長させるか。
 ③ 全国の中小企業団体を統一管理下におき,大企業に対抗できる経済単位とするか。
 もちろん,国際競争の中にあってことは単純ではない。大企業にあっても当然厳しい競争社会にさらされており,中小企業だけが競争にさらされている訳ではないのである。