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№782 M&A基礎知識

№782 M&A基礎知識
 M&Aに関する基礎知識をまとめた。企業の売主としては、自らの商品である「企業」の価値を明確にする作業が求められる。M&Aの法律構成は売買契約という非常にシンプルなものだ。しかし、「価値」を法的枠組によって確定させていく作業があるので非常に細かくなる。また、賠償額も多額となるので非常に気を遣うことになる。
 これは基本的な知識の整理だが、事例に沿って、さらに問題点を整理していくことになる。

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1. M&A契約の構造
 1) M&A契約は基本的には売買契約である*1。その形態には株式譲渡、事業譲渡、合併があるが、本件では株式の売買によってM&Aが行われる。
 2) 売買契約は有償性、双務性が特徴となっている。M&Aにおいては、高額、短期、一回性が特徴であるため、売買契約の基本原則に立ち戻って理解をすることが肝要である。

  ① 有償性
        双方が対価を出し合い契約が成立する。売主の提供する商品、買主が提供する代金が互いに等価的均衡を持っていると合意したとき売買契約は成立する。

     ⊿ 商品=代金    これが崩れないように防止措置をとる。
これが崩れた時に、元に戻すための紛争が生じる。

  ② 双務性
    双方が互いに義務を負担する。一方だけが義務を履行して他方が義務を履行しないということにならないように工夫が必要となる。特に同時履行の考え方が重要である。これは1回限りの契約を確実に履行させるために、お互いの義務を同時に行うというものである。そのために事前に周到に準備され、同時に行われる。
     
     ⊿ 商品提供 → ← 代金提供
双務性が確実に履行されるよう、同時履行という考え方が出てくる。 
                 
2. M&Aの商品
 1) M&Aの対象商品は「企業」であるが、それ自体あいまいな存在である。当事者、売主としては何を売却するのかを明確にし、その評価を確定させる必要がある。同様に、買主が何を求めて代金を支払うのかを確定させる必要がある

  ① 有形資産(不動産など)
  ② 無形資産(特殊技術、知的財産)
  ③ 人的、物的組織
  ④ 事業上のノウハウ、商圏
  ⑤ 顧客、信用
  ⑥ 事業の将来性(将来の利益)

 2) デューデリジェンス(DD)の意味
   基本合意書ができあがると、企業という商品の価値基準がおおよそ決まり、価値を確定するための調査が始まる。これがDDと呼ばれる作業である。DDは様々な角度から行われる。

  ① 財務諸表(計算書類)の正確性の検討
    財務諸表が事業の実態を正確に反映しているか、事業の実態が利益を生み出す構造になっているかなどが会計士などによって検討される。
  ② 事業者からのヒヤリング
    当該会社が利益を生み出す構造について検討される。会社の歴史、市場における商品の地位、会社組織のあり方、対外的な営業の仕組み、商圏、顧客の範囲など検討事項は多岐に及ぶ。
  ③ 法的検討
    商品たる事業の価値は法的枠組によって担保される。確定的に価値の範囲が決められ、その価値が確実に移転するためには法的枠組無くしてあり得ない。DDにおいては当該商品の法的確実性が検討される。

3. M&Aのプロセス
  予備交渉 → 基本合意書 → 売買契約 → 履行 → アフターケア
 1) 基本合意書
   基本合意書では企業価値の確定作業が進められる。当事者は当該M&Aの基本的な目標を定め、その目標に従って企業価値を確定するためにDDが実施される。基本合意書では独占交渉権、守秘義務、情報開示義務などDD実行に必要な法的義務が定められることになる。
   基本合意書で重要なのは手続きの透明性の確保である。これは売主にとっても買主にとっても重要である。

 2) 売買契約
   売買の等価性、双務性が定められる。契約の中核をなすのは、基準時(クロージング)と表明保証である。この二つの要素によって商品の価値が確定していく。
 
  ① クロージング
    M&A契約書は通常次のようになっている。
   「売主は、本契約の規定に従い、クロージング日をもって、本株式の譲渡価格の支払いの受領と引き換えに本株式を買主に譲渡し、買主はこれを譲り受けるものとする。」

  ② 表明保証(Representation and Warranties / Rep & Waranties)
    表明保証とは、契約の当事者の一方が、他方当事者に対し、主として契約目的物などの内容に関連して、一定時点において一定の項目が真実かつ正確であることを表明し、その表明した内容を保証するものである。
    その保証の対象は単に企業価値を構成する諸要素にとどまらず、当事者の法的能力(確実に株式を所有すること、譲渡権限があることなど)、履行の確実性なども含まれる。
    この表明保証によって企業価値が確定されるとともに、当該売買によって当事者が持っている期待が法的に保護されることになる。この期待の保護は万が一事故が生じた場合のリスクをどちらがどのように負担するかという形になって現れる。例えば、企業に簿外債務があったような場合には、財務諸表が正確であると表明されたことに違反することになる。当事者の期待が侵害され、売主は期待沿った形で賠償しなければならない。

4. 補償など
 1) 買主の責任
   買主の責任は基本的には売買代金の支払いである。
 2) 売主の責任
   契約によって確定された企業価値の移転である。
   企業価値が何らかの理由で毀損された場合、例えば、環境問題や労働問題で思わぬ賠償請求が求められた場合、企業価値が毀損されたことになるが、それを誰が、どのように負担するかが問題となる。リスクが具体化したということになるが、表明保証などによって分担されたリスクに従い、賠償額が決められる。

  ① 東京地裁H20.12.17、判タ1307号、26頁
    株式会社アプラスの売却をめぐって、価格調整条項の適応が争われた事例。株式評価の基準日とクロージング時のずれを調整するもので、判決は新生銀行に対して47億8400万円の支払を命じた。
  ② 大阪地裁H20.7.11、判時2017号、154頁
    DXアンテナ株式を20億円で売却した事件で、実際には資産の評価に50億円にも上る問題があったことや、60億円以上の特別損失が判明したという事件。判決は買主が自ら調査してリスクを引き受けるべきだったとして、買主からの請求を棄却した。