№1336 事業承継と老会長の暴走,遺言の問題点
事業承継における遺言はどれくらいの重みを持つべきだろうか。
そこそこの会社の場合,一定事業承継の準備が進められている。その多くは長男など子供に事業を承継させ,自分は会長職に就く場合だ。会長の中には長男を社長にはつけたが,いつまでも自社株を離さない場合がある。これが,大きな災いの種になることがある。
京都老舗小物製造販売店の兄弟間の争いが話題になったが,経過を見ると次のようになっている。
経過を見ると,会社株式を三男に譲ると遺言を残したものの,その後になって会社株式を長男に全部譲るという遺言を書いたという経過だ。三男は後継者として定められ,生前から社長として会社を仕切ってきた。長男は銀行員で会社の経営には直接タッチしていなかった。
元の社長と三男との間にどんな確執があったか知るよしもないが,上記の経過だけであれば,元社長の行動は誤っている。三男とともに職人達もやめてしまったので,長男は全株式を遺言で握り,会社の支配権を握ったもののどうも経営はできなかったらしい。経営権は結局三男に戻っている。
この事件の問題点はいくつかある。
一つは遺言という方式の問題点だ。遺言は事業承継にとって有益な手段だが完全ではない。遺言には次の問題点がある。
① 遺言は変更可能である点だ。
上記の例では安定した事業承継計画があったはずだが,途中で会長が裏切っている。
本来,事業承継は時には10年ほどかけて実現するためのものであるため,計画が安定的に実施される必要がある。気まぐれな変節は多くの関係者に迷惑をかけて許されない。
② 遺言は死亡という予見できない事情によって効力が発生するため,計画的でない面がある。
万一,死亡した場合にどうするかという点で遺言は事業承継では重要な要素だ。しかし,人はいつ死ぬかわからない。長期化するといつまでたっても事業承継に至らない。上記のように元会長の気が変わってしまうかもしれない。
③ 遺言には遺留分という権利があり,すべて会長の思い通りになる訳ではない。
結局,事業承継に当たって,遺言は必ず必要なものだが,絶対ではないという位置づけだろう。事業承継は5年から10年かけて実施するもので,計画性が必要だ。元社長が生きている間に完成することを目標に実施するべきであろうかと思う。死んでから効力を生じる遺言では承継としては問題を残すということになる。