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№2211 利他の心

№2211 利他の心

 稲盛和夫氏は「生き方」の中で「利他の心」というものを強調している。他人への思いやり,「世のため,人のために尽くす」というのが,人として,企業人として欠くことのできない心だという。

厳しい競争社会にあってそんなことでいいのだろうか
 厳しい競争社会の中で「利他の心」というのは通用するのだろうか。企業は成果を生み出すために競争に勝ち抜かねばならない。組織は成果を基準に人を評価し,成果をとることに意欲的で貪欲な人間像を評価するようになる。組織でのリーダシップとは目標に向かって統制し,組織一丸となって戦い続けさせることだ。そんな甘いことでいいのだろうか

稲盛さんは次のように言っている。
「利を求める心は事業や人間活動の原動力となるものです。ですから,だれしも儲けたいという『欲』はあっていい。しかしその欲を利己の範囲にのみとどまらせてはなりません。人にもよかれという『大欲』をもって公益をはかること。その利他の精神がめぐりめぐって自分にも利をもたらし,その利を大きく広げるものです」

生きがいが生産活動に結びつくような気持ちが「利他の心」だ
 稲盛さんの言葉は競争的組織像とはかなり違う。勤勉に労働することで産業を発展させ,社会に利益を還元していくのだというプロテスタントの倫理観を引き合いに出している。稲盛さんの言う「大欲」とは自分が,組織が,社会に貢献しているという実感こそが企業を発展させるというものだ。この哲学が「利他の心」として表現されている。確かに企業が大きくなると言うことは商品が社会で支持され,役だっているから売れているということになる。

社員一人一人に浸透することがまた難しい
 この「利他の心」が社員一人一人に浸透するプロセスはとても難しい。社員には「働かされている」「搾取されている」というような意識がどうしてもある。「利他の心」と言っても体よく従順な社員を作りだそうという便法でしかないと皮肉にみるかもしれない。競争社会でそんな性善説などとんでもないということになるかもしれない。

 しかし,社員が仕事を楽しいと思う時というのはどういう時か考えたことがあるだろうか。自分の仕事が社会で認められ,報酬として返ってきたときではないだろうか。それは報酬が先にあるのではなく,社会に認められた活動,お客さんによいものとして指示される活動が先にあり,その結果として報酬が得られる。これは「利他の心」ではないだろうか。

「利他の心」は信頼しあえる安心できる職場作りと同じだ
 職場の仲間が信頼しあえ,打ち解けて悩みを話し,常に助言が得られるとしたら,職場は楽しいと感じるのではないだろうか。稲盛さんは「人間はもともと,世のため人のために何かしたいという善の気持ちを備えているものです。」という。うちの職場の人はみないい人ばかり。いっしょに仕事をするといい成果をあげることができる。これは,職場がまず,人間はもともと「善の気持ち」があるという前提にたって運営される必要がある。

「利他の心」は唱えるものではなく,やり遂げる課題だ
 もちろん,世の中そんな甘くない。こうした個人の気持ちが開放され,信頼が生産性の原動力となるためには,企業理念を浸透させるための専門的な手法というものがある。経営者の覚悟も必要だ。「利他の心」と叫ぶだけでは誰もついてこない。稲盛さんの言葉や稲盛さんの言葉を勉強する企業家から学ぶのは,その実践である。「利他の心」は唱える課題では無く,組織全体をそれに導くというやり遂げる課題だ。

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