№2260 ボヘミアン・ラプソディーはよかったな
ボヘミアン・ラプソディーはよかったな
「ボヘミアン・ラプソディー」が大ヒットした。私も妻と見に行ったがクィーンの歌詞にあんな強烈なメッセージがあるとは思わなかった。ロックはバカにできないな。
主人公のフレディ・マーキュリーは同性愛者だった。映画では自分が同性愛者であると気づき始めたときの葛藤が描かれ,背徳に対するためらいを経つつ,自分は自分であるという強烈なメッセージを残す。彼は最後にはエイズに感染して亡くなるのだが,考えせられる映画だった。
LGBTってなんだろうな
Wikiによると
「LGBT(エル・ジー・ビィー・ティー)とは、女性同性愛者(レズビアン、Lesbian)、男性同性愛者(ゲイ、Gay)、両性愛者(バイセクシュアル、Bisexual)、トランスジェンダー(Transgender)の各単語の頭文字を組み合わせた表現である。」
LGBTは迫害されている
LGBTは「背徳」のラベルが貼られているので,社会的にも迫害されることが多い。「性的志向やアイデンティティーをどう持つかは個人の自由だ!」と言ってもなかなか受け入れられないだろう。LGBTの権利擁護のために多くの国際条約があり,国連人権高等弁務官事務所は権利擁護のために活動を進めている。
同性愛というだけで死刑になったり拷問されたりする国あるらしいので,こんな国は野蛮な国だと思ってしまう。「野蛮だ」と評価すること自体が実は自分の価値観を押しつけているかなと思ってしまい,なんだかややこしい。
LGBTは私たちの問題だ
LGBTがかくまで重要なのは人権の歴史が常に個人の尊厳をかけて差別の廃止,平等,公平を目指してきたからだ。LGBTの問題はLGBTだけの問題ではない。人権,社会の多様性の容認、という私たちの社会が大切にしている価値、そして民主主義の根幹にかかわるテーマがある。
全然関係ないかもしれないが,どうしても解けない素朴な疑問がある。
よくわからないのは結婚や恋愛の概念についてLGBTにかかわるほとんど全ての人が1対1のペアーを前提にしている。
どうしてかな。性的志向やアイデンティティーの自由を徹底すると1対1のペアーである必然性はないよう思うのだが。性差が相対化してしまうと,性的ペアーの組み合わせも相対化し,1体多,多対1,多対多というのも当然認められてしまうのではないかな。
しかし,これはいかにもまずいよね。
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