№1935 「徳」ってなんだろう
古来,中国ではこの「徳」こそが帝王の備えるべき資質であるとされた。司馬遷「史記」には,英雄達の生き様が記され,その度に英雄の「徳」が賞賛されている。中国の数ある帝王の中で「堯」,「舜」,「禹」の三者は至上の徳治を実現した聖王として強調されている。
堯は四嶽と言われる重臣を四方に配置し,暦を正し,天下の秩序を作り上げた。
堯の命により舜は歴山に派遣された。彼の統治下、農耕を始めるや「歴山の人みな畦を譲る。」つまり、田の境界である畦を譲るようになって争いごとは無くなり、国が栄えたというのだ。河浜という土地で陶器を作り出したら、みな不良品を出さなくなったという。それも全て舜に備わった徳のおかげだ。
舜は堯に試されたのだが,「五条の教化」(義,慈,友,恭,孝を民衆に教化していく役割)をさせればこれが速やかに広まり,百官を担当させればみな職務に忠実となりといった具合で,その徳にみな敬服して秩序が作られていった。
戦国時代、魏の宰相李克は王の資質は徳だといった。その徳は成果をあげるということで示せるわけではない。魏の王として魏成子が選ばれたが、彼は3名の臣下を迎えた、それはいずれも魏成子が師と仰ぐ人物だった。自らより優れた者を集める能力、徳にはそれが備わっている。
徳というのはわかりにくい。偶然にもよいひとばかりが集まるということがある。うちの会社はなんて運がいいのだろうと思うだろう。それは運ではない社長に備わった徳のおかげだ。よい人が集まるような人格があり、よい人がいたくなるような場所を作ったからだ。
なんで、あんないい人がやめるんだろうという時、それは運が悪いのではない。社長に徳がないからだ。よい人がいなくなるような人格であり、よい人がいたくなるような場所を作れなかったのだ。
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