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№1635 草枕

№1635 草枕

 私の場合,夏目漱石ファンで中学校ぐらいの時にはかなり集中して読んだ。漱石の作品の中で大好きなのが「猫」と「草枕」だ。漱石の作品の中でも2つの作品はよく似ている。「心」とか「それから」とか言った作品と違って内面に切り込まない。

 「草枕」はなんだか理屈が先行して,高校生のような文章のようなところがあるが,それがまた楽しい。春の始まりにあってのどかな温泉宿の時間が閉じ込められたような空気は今の季節に読むのにぴったりだ。里山の楽しみはこんなところにあるのだろう。

 草枕には那美さんとう女性が登場していて,深い悲しみを背負っている。この深い悲しみを山里の美しい春風景の1つとして描こうというのが大きな主題だ。それにしても,漱石の教養の広さには驚かされる。岩波文庫版はたくさんの注がついているが,いちいち見ているとちっとも前に進まない。


  山路やまみちを登りながら、こう考えた。
 智ちに働けば角かどが立つ。情じょうに棹さおさせば流される。意地を通とおせば窮屈きゅうくつだ。とかくに人の世は住みにくい。
 住みにくさが高こうじると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟さとった時、詩が生れて、画えが出来る。
 人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣りょうどなりにちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。

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 ほーう、ほけきょうと忘れかけた鶯うぐいすが、いつ勢いきおいを盛り返してか、時ならぬ高音たかねを不意に張った。一度立て直すと、あとは自然に出ると見える。身を逆さかしまにして、ふくらむ咽喉のどの底を震ふるわして、小さき口の張り裂くるばかりに、
 ほーう、ほけきょーう。ほーー、ほけっーきょうーと、つづけ様さまに囀さえずる。
「あれが本当の歌です」と女が余に教えた。