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№1356 強気ばかりの交渉が大失敗する

№1356 強気ばかりの交渉が大失敗する
 中小企業のおっちゃんの場合,強気の一筋で困難を乗り切るところがある。確かにこれは交渉の気合いとして非常に重要だ。リスクを恐れすぎるより,あえてリスクをとる姿勢の方が交渉力がある。

 私の場合,こうした交渉については北朝鮮瀬戸際外交をよくたとえに出す。核実験をやるといいつつがんがん言って引かず,ぎりぎりのところで手のひらを返したように妥協する。さっきまであれこれ言っていたのは何だったんだ,この大嘘つきがなどというような感じだ。

 しかし,社運をかけるような重要な交渉にこの手法は通用しない。リスクが高すぎて失敗すれば会社がつぶれたり無くなってしまうからだ。社運をかけるような交渉,たとえば主要取引先との契約解消条件であるとか,工場の立ち退き問題とか,何億もかける新しい設備投資だとか,つっぱればよいというものではない。「引き際」を知らないととんでもないことになる。この引き際の判断に弁護士はきわめて重要な役割を果たす。

 宮崎県内のある食鳥加工業者は県内の農協が設立した会社から食鳥加工の委託を受けていた。工場は農協の会社から提供を受けていたというのであるから自分のものではなかった。農協の会社は食鳥加工を直営にすることにして,この会社との業務委託関係を解消するという通告を約定に従って行った。

 裁判記録を読むと,農協設立会社側は,食鳥加工業者に対して,8000万円の提供,役員待遇での迎え入れ,従業員の雇用の継続などを申し出た。そして,食鳥加工業者はどうもこの8000万円が気に入らなかったようで交渉が進まなかったらしい。

 話は暗礁に乗り上げ,結局,食鳥加工業者側は何も得られないまま,直営化されてしまった。裁判では農協会社側が従業員を継続雇用したことが,違法な引き抜き行為であるかが争点になったが,裁判所はこれを否定した(宮崎地裁H25.7.12 判時2205号84頁)。

 つまり,食鳥加工業者側は何も得られないという結果になったようだ。
 この事件の教訓は当然,身のほどをわきまえずつっぱりすぎたという点にある。

 ① 工場は自分のものではないこと
 ② 相手は8000万円提供し,役員待遇も用意したこと
 ③ 従業員の雇用を保障したこと。
 ④ 直営にすることは経済的な合理性を持つこと
 ⑤ それなりの交渉期間があったこと

 弱い要素がいっぱいそろっている。この業者は交渉過程できちんと顧問弁護士と相談しなかったのかもしれない。弁護士が先頭に立っていれば,引き際がわかっただろうと思う。あるいは,事業の価格を8000万円とせず,より合理的で高額な金額を提供できたかもしれない。