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№1348 会社が騙される瞬間

№1348 会社が騙される瞬間
 会社が騙される瞬間についてはいくつかパターンがあるが,最も多いのは何らかのはんこをつく瞬間だ。

 日常的な取引で失敗することは少ないが,何か特別大きな契約を締結する時が危ない。たとえば,不動産の売却であるとか,為替関係の金融商品を扱うとか,会社を売却するとか何か特別に必要でなときだ。

 こうした取引は多くは何千万円,あるいは億を超える取引になるのだが,一回きりでしかも高額な取引という例は多くは専門性が求められる。そのため,社長はよくわからないままに印を押すことが多い。気づいてみればとんでもない取引だった,はんこを押すことを任せたばかりに怪しい契約書にまではんこを押されていたということになる。

 私の経験でも,騙された社長の多くが,あの瞬間何か変だと思ったとか,あの瞬間大丈夫かなという予感がよぎったという例が多い。それは確かめていないという不安が,予感という形で社長に警告するのだ。せっかく顧問弁護士がいるのにどうして,と思うことがある。

 たとえば,東京地裁平成25年5月22日判決の事例は,不動産取引で騙された事例だ。マンション開発ということで,4億5000万円のつなぎ融資を前提の開発を進めようとして不動産に抵当権設定のためのはんこを渡した。

 ところが,はんこを乱用されて一部の土地について偽造売買契約書を作られ,売却されてしまった。そのため銀行からの融資が得られなくなってしまったためにつなぎ融資を返済できなくなった結果,競売となってしまた。落札したのは騙した当人の関係者という悪質な事例だ。

 この事件は暴力団が関係して,開発土地の乗っ取りを謀ったものであるが,非常に巧妙にしくまれており,騙された開発業者は大損をすることになる(判時2201号54頁)。

 不動産をめぐる詐欺事件はこの種の案件が多いと思われる。つまり,何らかの理由で判が乱用され,登記がどんどん移転してしまう。あるいは,転売に転売が重なり,責任者がうやむやになっていく。暴力団関係者は登記実務や判例に詳しいため巧妙に切り抜けていく。

 しかし,この事例でもはんこを詐欺師に預けてしまった瞬間に勝負があった。
 個々の契約書を確かめもしないで判を押すなどと言うのはあり得ない話だ。預けた瞬間社長は,「あれ,いいのかな」といういやな予感が走っていたのではないだろうか。