№1252 クロージングの条件と履行の拒絶
中小企業においてもM&A契約が増えてきており、けっして大企業だけの問題ではなくなっている。
M&A契約では表明保証責任は非常に重要な役割を果たす。表明保証というのは、予め開示された会社に関する情報が真実かつ他にないということを表明させ、その表明に法的責任を持たせようというものである。
会社というの物のように、外形から解る訳ではない。その価値は書類などによってようやく客観化される。そのため、会社の価値を推し量るためには情報が正確に開示されることが必要不可欠となる。表明保証責任はそのための契約上の工夫だ。
今回の紹介の事例では次の条項が問題となった。
買主の代金支払い義務は売主らがした表明保証の内容がその重大な点において真実かつ正確であることを条件として履行される。
この条文を読むと、仮に売主らの表明保証の内容に誤りがある場合には、代金支払い無が履行されなくてもよいというようにも読める。そこで、買主、この場合の被告はこの条項を利用して残代金1億3200万円を支払わなかった。
すでにクロージング(株式譲渡の日)が完了して株式は移転したのであるが、分割払いの一部の支払を停止してしまったのである。もらう側にはしてみれば1億3200万円もの取引について突然支払が止まるのであるからさぞかし腹が立ったことだろう。
私の法律的な直感から言っても、ちょっとやり過ぎだと思う。最初から罠に仕掛けようとしていたようにも見える。
判決では買主は敗訴し、1億3200万円の支払が命じられた。
判決は、上記表明保証条項の解釈について、表明保証に問題が合っても、クロージングまでに契約を解除して関係から離脱するか、契約を存続させてあとで損害賠償問題として処理するかを選択させる条文であって、売買代金の履行を拒絶する権利を与えた者ではないとした。
判決文がこのような解釈をとったのは、支払を拒絶させると、被告側は安価で株式を取得することになり、それでは代金とのバランスがとれないという実質的理由がある。また、契約全体を見ると解除できる場合が制限されていることから、クロージング以降は全て損害賠償問題として処理しろと言う趣旨であるという解釈もしている(東京地裁H25.1.28、判時2193号38頁)