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№958 M&Aにおける表明保証責任が否定された事例

№958 M&Aにおける表明保証責任が否定された事例
 M&A契約は大きな企業で行われることが多いが、最近は中小企業もよく活用するようになっている。売買代金5億円ぐらいのM&Aも珍しいことではない。

 今回紹介の事例は次の通りとなっている。
 M&Aに伴う株式譲渡後(売買代金は143億5875万9190円)、申告漏れから2億3500万円の法人税等を追加納付された事例がある。会社の買主(株の買主)は売主に対して、表明保証責任違反として同納付額について損害賠償請求をした。

 この事例には表明保証条項として次の内容が盛り込まれていた。
「既に開示された退職金に関する税務紛争の問題を除き、T社(対象会社)と税務当局との間で何ら紛争又は見解の相違は生じておらず、売主の知り得る限り、そのおそれもない。」

 本件法人税の追加納付を求められたのは、株式の信託契約に関する問題だ。
 T社所有のS社株式をM&A前にUBS信託銀行に信託譲渡していた。ところが、M&A完了後、UBS信託銀行の日本撤退に伴い信託契約が解約されて権利が戻ってきた。戻ってきた権利について益金処理されたために2億3500万円の追徴となったのである。

 T社を購入した買主としては、会社の価値が2億3500万円下がってしまったので損害が生じたことになる。そこで、前記の表明責任条項に基づいて損害賠償請求の訴えを提起した。

 今回の事件では大阪地裁は原告の請求を棄却した(H23.7.25、判時2137号79頁)。

 T社は信託譲渡に先立って国税庁と協議していた。国税庁は「信託解約時になんらかの形で課税するという方向で検討しており、留意していただきたい。」という警告書を受け取っていた。さらに、この警告については取締役会議事録にも記載されてあった。

 もし、この情報が売主にわたっていなかったら本件では買主は表明保証責任を負担したことになっただろう。
 M&AではDD(デューデリジェンス)と呼ばれる段階があって、買主が弁護士や税理士などを派遣して対象会社を調査する。本件ではDDにあたって上記国税省の見解書、議事録を手渡していた。
 また、買主も国税庁の課徴に対し、争わず従った。

 そこで、判決はM&A契約の次の条項を理由に原告の表明保証責任を免責したのである。
「売主が、クロージング日前に、買主に対し、明示的に表明及び保証の違反を構成する事実を開示した上で、本件株式を譲渡した場合、売主は買主に対し、表明保証義務を負わない。」
「買主が売主に事前に相談なく処理した結果、買主に損害が発生した場合、売主は、買主に対し、その賠償責任を負わない。」

 表明保証責任は瑕疵担保責任か契約責任か両方かといろいろ論議がある。
 いずれにしろ、その基本的な考え方は不確定要素についてのリスク、損害をどのように分配するかという考え方につきる。
 リスク=不確定部分、について事前に告げていれば、M&A契約によってその損害を引き受けたと言える。告げられていなければ、引き受けたという事情が認められないということになる。

 つまり、契約(=当事者の意思)によって移動があるかどうかを基準に考えることになるだろう。その際に、不確定要素の予見の範囲というのが重要な基準となる。
① 予見の範囲とする場合は表明保証責任によって売主は責任を負うし、予見の範囲外であれば買主が責任を負うことになるだろう。
② 予見の範囲があらかじめ予見し、買主が告げていれば免責されることになるだろう。

 実務的には、売主は何もかも隠さず、相手に告げる、手渡すことをしていれば心配のないことになる。