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№856 海外滞在日数と所得税申告

№856 海外滞在日数と所得税申告
 日本人の妻子を持つ外国人が海外で在留中に得た報酬の所得税について、確定申告書をどのように提出するべきだろうか。国税不服審判所は年80%を外国にいて外国の企業のために働いた外国人について、日本には住所のない者であるから所得税の申告は必要ないとした(平21.9.10、裁決事例集No.78)。
 
 グローバリゼーションが進展して人の国際的な移動が頻繁となった。通信、物流などの科学技術も著しく発展し、国内にいながら海外での、海外にいながら国外での事業展開も容易になった。このような国際社会の変容に伴って、税法分野においても対応が迫られている。法適用の基準となる住所についても新たな解釈が必要なのであろうか。

 税法上「住所」については独自の定義規定はない。租税法律主義や法的安定性の要請から民法22条の定義が借用されるのが一般である(最大判S29.10.20判時37号3頁)。なお、住所が複数かとの論争もあるが、判例は住所は単一であると判断していると考えられている(最三判S35.3.22)。

 「住所」については民法22条は「各人の生活の本拠をその者の住所とする。」定義し、「生活の本拠」をもって基準としている。その意義については形式的な基準によらず、実質的な生活関係に基づいて判断するのが通説的判例の立場である。問題はこの実施的生活関係につていかなる要素を考慮するが問題となっている。

 この場合、定住の事実といった客観面、定住の意思といった主観面はいかに考慮されるべきであろうか。客観面を重視するの通説的な立場であるが、主観面を全く捨象する訳でもなく、補充的な要素として考慮していると考えられる。

 最高裁公選法違反事例につき「客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かによって決すべき」としつつ、「主観的に住所を移転させる意思があることのみをもって直ちに住所の設定、得喪を生じるものではなく」としているが、これはそれまでの判例の立場を踏襲するもので、客観面を重視しつつ、主観面も事情の一つとしていると考えられる(最二判H9.8.25、判時1616号52頁)。

 類似と思われる事例で、貿易関係の仕事上、国内滞在日数は国外滞在日数よりも13日から50日前後、127日多い事例で、海外の住所を否定した事例がある(最二S63.7.15)。これは国内に土地建物を所有し,妻子と居住していた事例である。

 これに関連して、いわゆる武富士事件最高裁判決(H23.2.18、第2小法定判決)において、国外財産の贈与を受けた時において相続税法(平成15年改正前)1条の2、1号所定の贈与税課税要件である国内における住所が争点となり、最高裁は国内に住所を有していたとは言えないと判示して原処分を取り消した第1審判決を支持した。

 同判決は住所の判断に海外での滞在期間など客観的要素が検討され、国内相続税納付を回避するという目的のみをもって国内住所を認定する否かという問題については「立法によって対処すべきものである」とした。武富士事件では結局、海外での滞在期間が国内のそれと比較して2.5倍であったことが「生活の本拠」認定に大きなウェイトを占めていると思われる。

 以上のから、結局、判例に従えば「生活の本拠」ついて、滞在日数、住居、職業、生計を一にする配偶者その他の親族の居所、資産の所在、居住の意思を総合して判断することになろう。本件裁決においても、住居(滞在日数も含む)、職業、生計を一にする親族の所在、資産の所在などについて検討している。

 本件では請求人は職業上の連絡先、資金の振込先、請求人のビザに表現された妻の住居を持って住所とする意思など、客観的な諸事情から妻の住居をもって自らの「生活の本拠」とする旨判断した。しかし、処分庁の認定は請求人が妻の住所をもって、自らの「生活の本拠」とする意思を、客観的諸事情によって明らかにしたという領域を出ないと考えられる。請求人は在内日数の4倍の日数を外国で生活し、外国でのコンサルティング業務に携わっている。武富士事件判決の認定例からすれば、処分庁の主張した事実はこうした客観的な定住の事実を覆すだけの事情とは言い難いということになろう。