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№810 迷亭

№810 迷亭
 私は漱石の「吾輩は猫である」が大好きで、何度読んだか分からない。
 その登場人物に迷亭がいる。

 とんでもなく教養があって、それでいて、いつもふざけていて、文明を批評する。饒舌で、ふわふわ浮き草のようで、山木独仙からは「池に浮いている金魚麩」と言われている。それでも、迷亭のことが大好きな読者も多いんじゃないかと思う。

 猫の中では迷亭は「偶然童子」と評されていて、私の大学時代のペンネームに使わせてもらっていた。

 迷亭は金魚麩のようで度胸がない。時代を評価し、批評するが時代に手向かってそれを変えようとはしない。だから、苦沙弥先生に、度胸のないやつと言われて、「迷亭君は大きな赤い舌をぺろりと出した。」のだ。

 現実に立ち向かうのはいつも苦しいことで、おもしろくない。現実を批評し、批判することは気が楽で、楽しい。そして、心に余裕を生む。自分は弁護士だからいつも現実に立ち向かっているが、けっこう大変だ。おまえ、おかしくないかとか、まちがってないかとか、何かおかしいとひょうひょうと批評する余裕が必要だ。だから、私は内なる「迷亭」を大切にしたいと思っている。
 

・・・「吾輩は猫である」より・・・・・・・・・・・・

 二三日(にさんち)は事もなく過ぎたが、或る日の午後二時頃また迷亭先生は例のごとく空々(くうくう)として偶然童子のごとく舞い込んで来た。座に着くと、いきなり「君、越智東風(おちとうふう)の高輪事件(たかなわじけん)を聞いたかい」と旅順陥落の号外を知らせに来たほどの勢を示す。

「知らん、近頃は合(あ)わんから」と主人は平生(いつも)の通り陰気である。
「きょうはその東風子(とうふうし)の失策物語を御報道に及ぼうと思って忙しいところをわざわざ来たんだよ」「またそんな仰山(ぎょうさん)な事を云う、君は全体不埒(ふらち)な男だ」「ハハハハハ不埒と云わんよりむしろ無埒(むらち)の方だろう。それだけはちょっと区別しておいて貰わんと名誉に関係するからな」「おんなし事だ」と主人は嘯(うそぶ)いている。純然たる天然居士の再来だ。