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№772 シロウトのM&A

№772 シロウトのM&A

 中小企業の場合、M&Aと言っても、シロウト同志で単に株価を決めて売買するという方式によって済ませてしまうことがある。世の中には驚くほど無防備にこうした契約をやってのけることがある。

 小さな会社で信頼関係がある場合には実際にはこれでよいかもしれない。しかし、トラブルになることもある。ある会社の取引で、実際には貯金が無かったという事例がある。

 帳簿上は数千万円の会社受け取りの保険があるのだが、実際にはクロージング前に、退職金として個人名の受取人に変更し、クロージング後、引き渡し前に退職金を受け取ってしまった事例だ。

 これは、シロウトくさいごまかしだ。つまり、株式売買前は前年度の決算報告書を提示して、たくさんの保険金があるように見せかけていた。そして、売買契約終了後に当該年度の決算報告書を作成して手渡し、その時点では保険金が無くなっているというものだ。

 買った本人は、純資産数千万円の黒字企業だと思ったら、ふたを開けてみれば、主な財産である保険金は引き出さされている上、売掛金にも粉飾があって無価値であったということで大損をしたということになる。

 M&Aの場合、売り主に積極的な説明責任があるかどうかは微妙なところだ。これを否定した判例もある(大阪地裁H20.7.11、判時2017号154頁、控訴)。この事例では、M&Aのような高度な商取引に当たっては買い主にも積極的な調査責任、もしくはリスクの引き受け責任ともいうべき責任があると考えているのだ。

 従って、この事例では買主は説明責任や瑕疵担保責任を正面から問題にしたのでは訴訟戦略としては敗訴の可能性がある。そこで、本件では受取人名義の変更行為が違法であるとして訴訟を進めた。

 受取人名義の変更では、会社の損(保険金の喪失)は社長の利益になる。これは「自己取引」「利益相反行為」といって株主総会の決議が必要だ(会社法354条1項、尚取締役会設置会社では取締役会の決議、356条)。

 相手の会社はシロウト会社だから決議をあげていなかった。そこで、名義変更は無効ということで戦いを進め、ほぼ勝訴に近い結論を獲得した。