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№654 特許持ち逃げ事件

№654 特許持ち逃げ事件
 事例は特殊工作機械の開発をした従業員がの事件だ。この社員はA社退職後、ライバル会社、B社に就職した。そのライバル会社は、従前の会社が開発していた特殊工作機械の設計で特許をとったのだ。

 怒ったA社は自社の特許であるとして、訴えを提起したのである。
 
 特許法34条1項は「特許出願前における特許を受ける権利の承継は、その承継人が特許出願をしなければ第三者に対抗できない。」と定めている。つまり、特許は出願が早い方が勝つ。
 
 原審はB社が先に出願しているからB社に特許権があるとした。
 ところが、控訴審はB社が「背信的悪意者である。」としてA社に特許権があるとした(東京高裁H22.2.24、判タ1332号218頁)。
 
 背信的悪意者というのは不動産登記で使われる言葉だ。法律の世界では「悪意」というのは「知っていた」という意味だ。それに「背信的」という言葉つくので、「知っていた」+「悪質」という意味になる。知っているだけであれば問題はないが、「悪質」が加われば保護されないという意味になる。
 
 本件で言えば、B社はA社が特許製品完成ということを知っていただけなら問題はない。先に出願した方が勝つ。しかし、それが通常の取引から見てアンフェアーであれば、先に出願しても特許権は保護されない、「対抗できない」ということになる。
 
 本件ではこの従業員はA社に対して守秘義務を負っていた。退職時も「私は、貴社を退職するに当り、貴社に在職中、知り得たものに関して、以下の通り制約します。」「秘密に関する一切の権利が貴社に帰属することを確認し、秘密の権利帰属について固有の権利主張は、一切いたしません。」などと誓約していた。
 
 さらに、事案の経過から従業員が持ち出したA社の秘密であることは明らかで、B社はこれを利用したと認定された。実際、A社は特殊工作機械の開発に相当の投資をしており、従業員はその投資の成果である秘密を持っていたということになる。B社も相当額の投資が必要だったことは理解できたはずであり、その上前をはねるというのはやはり信義に反する。