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№378 従業員のうらぎり

№378 従業員のうらぎり
 会社の幹部級の社員が退職して同種の事業を開業することは少なくない。
 幹部は顧客関係や事業上のノウハウを持っているため、会社としては脅威となる。この場合、社員との間で、同じ商売をしないという契約を取り交わすことができるだろうか。

 法律上はこれを競業避止義務という。社員の競業避止義務については、会社は「退職後は同じ職にはつきません。」という誓約書をとることがある。こうした誓約書も有効だろうか。たとえば、営業マンが退職して新たに会社を起こした場合、それまでの顧客を廻ることは許されるだろうか。

 個人が自分の経歴から得た能力を生かして生活をしていくことは許される。それを一律に禁じることは生活することを禁じることにつながって人道的ではない。個人には職業選択の自由があるのだからそれをむやみに縛ることは許されない。

 判例は形式的に競業避止義務を約束したからと言って当然には拘束しないという立場だ。競業避止義務によって守られるべき利益の性質、競業避止義務が課せられた従業員の地位、代償措置の有無、禁止行為の範囲、禁止期間などを考慮して決めていく。

 退職後の社員が就職することによって、事業上のノウハウが漏れてしまうということを恐れる場合もあろう。これは一種の業務秘密に関わる問題となる。業務秘密を守る義務があれば、競業につくことも許されない。それは、①秘密管理性(秘密としてちゃんと管理され、告知されていたか)、②非公知性(すでに世間に流通してしまった情報かどうか)、③有用性(当該秘密が利益を生み出すものであるか)、などが考慮される。

 平成20年11月18日東京地裁判決は競業避止義務を認めて、2年間、同種の事業を行ってはならないという判決を下した(判例タイムズ1299号216頁)。賠償は認める例があるが、差し止めというのは珍しいケースだ。これは、米国生まれの自動車修理技術でフランチャイズ経営をしていた会社が、退職社員を訴えたものだ。

 この技術は少数だが、すでに他の事業者も実施していた事業であった。特許などの非公知性の要件と比較すれば、すでに公知化していた技術なのだから、事業の差し止めまで認めるのは行きすぎのように思う。また、仮に、被告が新規事業を会社によって立ち上げていたらどうだろう。競業避止義務を負うのは個人であって、会社ではない。この場合は差し止めを認めることは困難になるように思われる。