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№330 我が友ゴキブリ君

№330 我が友ゴキブリ君
 ゴキブリは私の親友だ。
 私が司法試験浪人をしていたとき、ゴキブリは私の友達だった。

 司法試験時代の私の下宿は京都の里山にあった。周りはクヌギ林に取り囲まれ、山小屋のようだった。ちなみに、下宿の裏手は天皇の息子さんのお墓で、宮内庁が管理していた。確か、後醍醐天皇の息子だったと思う。私はさしずめ墓守司法試験受験生という感じか。

 環境は抜群だが、かなり寂しい。司法試験も寂しい孤独な作業だ。おまけに京都の冬は寒い。電気ストーブ一つでガタガタ震えながら勉強していた。机の上にはおきまりのみかんがあった。そのみかんを狙ってゴキブリがやってくるのだ。

 ゴキブリは越冬するが、当然、冬眠状態になる。しかし、我が友のゴキブリ君は真冬でも動いていた。みなさんは真冬のゴキブリを知っているだろうか。寒さで動けぬ彼らは超スローだ。動かぬ足を必死に、一歩、一歩を前に進めやっとみかんにたどり着く。その姿はまるで八甲田山で遭難した歩兵第五連隊のようだ。あと一歩、あと一歩でみかんだ。机の端からみかんまで30cm程度だが、数分かけてたどりつく。

 こんないじらしいゴキブリ君に愛情がわかないはずはない。おお、我が同志、ゴキブリ君。というので、ゴキブリ君にはホワイト修正液を羽に塗って、印をつけてやった。友情の刻印だ。

 あまりの寒さにゴキブリ君は逃げることはできない。彼はいやがり、後ろ足で何度も羽をいじり、こすり取ろうとしていた。ごめんねゴキブリ君。

 そのときから、時々、白い印をつけたゴキブリ君が私の机の上にやってきた。

 ゴキブリ君は何度か私の机の上にやってきたが、そのうち来なくなった。彼が何をするかは彼の自由だ。友情というのはお互いの独立を尊重することで成り立つ。私もすっかり忘れて、やがて春になり試験直前になっていった。

 忘れもしない。あるとき、一匹のゴキブリが驚くべき早さで私の目の前を走り去った。私はゴキブリを部屋の片隅に追い詰めた。見ると、おお、なんと、彼の羽には、はげかけた白い、友情の刻印が残っているではないか。おまえはこの冬を乗り越えたのか。友情の刻印が彼の命を救った。

 そして,この年、私は司法試験に合格した。