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№214 ヨーロッパの知性

№214 ヨーロッパの知性
 ベルリンは第2次世界大戦前まではヨーロッパ,世界の中心だった。第1次世界大戦で多額の負債を負わされたが,ベルリンでは新しい思想が次から次へと生まれていった。黄金の1920年の話を聞くたびに私はわくわくする。

 ベルリンはナチスドイツの台頭,その後の対戦,冷戦と痛々しいほど破壊されてきた。しかし,今日のベルリンは戦争で破壊されたモニュメントを復活させ,美しいまちなみもとりもどしつつある。

 ヨーロッパでは都市のデザインを芸術ととらえているところがある。また,人が住んでこその「まち」という思想も徹底している。ドイツではBプランと呼ばれる世界に冠たる都市計画政策があり,住民参加も徹底している。

 まちなみは美しく,人が住んでいるのだから住民参加も充実していることだろう。確かにこのきれいなまちなみに突然変な建物ができたのでは住民は黙っちゃいない。芸術性,居住性,機能性それぞれが随所に感じ取られ,私はヨーロッパの知性を感じる。街の中にあるきめ細かな知性は米国のまちなみには余り感じられない。

 私はある団体を訪ねてベルリンの街路を歩いたのであるが,スズカケノキの並木や石畳の歩道,歩道のベンチなどまるで映画の1 シーンのようだった。建物の高さは制限され,窓の大きさ,構造,壁の色,屋根の形,おそらくかなり細かく規制されているのだろう。各家の窓にはプランターがあり花が置いてあった。カフェは歩道にテーブルを並べ,室内でもなく,室外でもないあいまいな空間ができあがっていた。

 これに対して,日本はどうだろうか。都市計画法建築基準法はあって一定の規制があるが,規制が全国的に統一され,地域性を発揮できない構造になっている。個人の所有権が非常に重視され,隣との統一性や,まちなみの形成などということはほとんど考えていない。うちの近所などは巨大なマンション群のためにさつばつとした雰囲気になっている。私に言わせれば知性のかけらもない。

 私がみたベルリンのまちなみは友人の話ではベルリンでは普通のまちなみなのだそうだ。